「ダサイタマ」という言葉に過敏に反応する人種は、2種類います。

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ダサイタマに反応する2種類の埼玉人

移民族

1つは移民族。

外から埼玉県に入ってきた人たちです。

自分の住んでいる地域がディスられるという免疫がないから、当然といえば当然です。

バブル世代

もう1つがバブル世代。

1980年代に若者だった人たちです。つまり、一番のダサイタマ被害者。

異性を気にし始める多感な時期に、ダサいというレッテルを貼られたとなれば、怒るのは当然といえるでしょう。

ただ、移民族やバブル世代が必ずしも怒るということではなく、あくまで、この2種類の人たちにその傾向が強いというだけで、全部が全部そうということではありません。あしからず。

ダサイタマ共存埼玉県民2.0の登場

生まれたときからダサイタマだし

バブル世代の下が、ロストジェネレーション。失われた世代とか、ロスト世代とか言われますが、ちなみに私はここに入ります。

この世代から下が、ダサイタマという言葉と共存する道を選んで来た、埼玉県民2.0です。

この世代にとっては、生まれたときからダサイタマという言葉がありました。デフォルトです。

なので、自分の地域がディスられていない人生を知りません。ダサイタマネイティブ県民です。

そんな我々からすると、反発云々以前に、最初からあるものなので、正直どーでもいいんです。実際は、共存云々も考えていません。さほど意識していない。

目があって、口があって、父がいて、母がいて、家があって、ダサイタマがある。全部最初からそこにあったもの。だからそれでいい。否定もなにもない。

おもしろければいいんじゃない、程度。

そもそも、そんな四六時中、埼玉のこととか考えてないし

バブル世代が反面教師に

「いや、いくらデフォルトだからって、生まれた環境が嫌なら否定するべきだ!」と思う人もいるかもしれません。

しかし我々は、バブル世代の反対の道を行こうとする習性があります。

そもそも我々がロスト世代と言われているのは、バブル世代の煽りを喰らった上での名称です。

当時の日本の景気は最悪で、それで就職氷河期となり、ロスト世代なんて呼ばれてしまった。華やかな時代から一転したわけです。

だから我々は、一攫千金、成り上がりみたいな人生を選択しない。そんなうまくいくわけねーだろと考える。バブル世代を見てきたから。

だから例え上司に殴られようと、堅実な道を選んできた。当時はブラックなんて言葉もなく、普通に暴力が横行していた時代なので、うつ病という言葉が全国的に浸透したのも、我々ロスト世代が社会人になった頃です。

そしたら我々の下の世代はゆとりと呼ばれ、全然これまでとやり方が通用しない世代になっちゃって、ロスト世代はまさに世代の中間管理職となってしまっているわけなんですけども。余談ね。

バブル世代は暴力・権力・金とノリ、一発逆転、一攫千金。そして、ダサイタマ反対。

ロスト世代は、和平穏便、地道にコツコツ、一発うつ病。そして、ダサイタマ共存。

文明の発達

文明というと大袈裟ですが、埼玉も1980年代に比べて、大きく様変わりしたという点も重要です。

私が小学生の頃なんて、埼玉なんか竹やぶだらけで、湿ったエロ本がそこら中に落ちてた。

大宮なんかも本当に汚い街で。

それが今やecuteだなんだ開発が進んで、どこもキレイになっちゃって。東京にしかなかったようなアパレルブランドもどんどん入ってきて。

電車高速道路も延伸が進み、交通もどんどん便利になって。

確かに昔なら、ディスられたら悔しくなるような負い目もあったかと思いますが、ここ10年20年で埼玉県の生活インフラが格段に上昇したことで、余裕さを手にしてきています。

東京が近くなったというだけでなく、東京がどんどん入り込んできたかのように感じるほど、埼玉は、快適・便利になっていったんです。

その上、自然もあって東京のようにゴミゴミしていないし、千葉・神奈川・群馬・栃木・茨城と、観光資源やお出かけスポットが豊富で楽しい県が近くにいっぱいあって、いやあ、なんだかすいません、という感じ。

だから、ディスられても笑える余裕があるんです。金持ちに「貧乏人!」と言っても怒らないのと同じで。としたとき、昔は貧乏人だったから、「貧乏人!」と言われたら、なんだと失礼な!となっていた、と。

ブランド志向の衰退

  • 生まれた時からあった
  • バブル世代を反面教師とした
  • 文明の発達

ダサイタマと共存してきた理由として、他にもう一つ挙げるとすれば、価値観の違いがあります。

バブル世代に象徴されるものといえば、ボディコン、ワンレン、ジュリアナ東京といった派手なイメージですよね。

とにかく金がものをいう時代で、着ている洋服のブランドや価格、買った店、つけている腕時計、マイカーと、とにかくブランド意識が強かった。

しかし、ロスト、ゆとり、さとり世代までいくと、その名の通りさとりですから、ブランド価値よりを取る。

高級な服を身にまとうより、ファストファッションをいかにオシャレに着こなしていいね!もらえるかが大事。

だいたい、わざわざ東京まで出なくても、ネットでどこからでも買えるし、時計なんかスマホでも見れるし、車も必要なときだけレンタカー或いはカーシェアでいい。

バブル世代以降から、少しずつ「ブランド」から「実」へと、価値観が変化してきた。

一流大学、一流企業よりも、好きなことで行きていく、Youtuber的な生き方が社会的に認知されるようになってきたことを見てもわかるように。

私はさとり世代をよくコスパ世代と呼びますが、そんなコスパ世代にとって、埼玉県は「実」しかないところなわけです。

高い狭いブランド < 安い広いノーブランド

この間も武蔵浦和で飲んでいたとき、居酒屋の若い店員と話したら、彼は島根から東京の大学に上京してきて、今は埼玉に住んでると。

「せっかく東京の大学に受かったのに、住むのは埼玉でいいの?

と聞いたら

「埼玉のほうが安いし、広いし、東京まで近いし、全然良い

と。

こういう若者は今どんどん増えています。実際、このご時世埼玉県の人口は増え続けています。

全く同じ見た目と生地の5万のブランドデニムと、1万のノーブランドデニムがあったら、後者を選ぶ人が増えたというだけ。

そもそもこの選択って、冷静に考えると至極当然なんですね。服が大好きとか、オシャレに命かけてるような人を除いては。

ファッションも、最終的には自分がどう思うかという自己満足の世界ですから、それならなおさら、安くて良いと思えるならブランド名にこだわる必要もない。

埼玉は「実」だらけ

今やどこのスーパーもPB(プライベートブランド)商品出してますよね。薬でさえ、ジェネリックの方が安いからと選ばれる。

名ばかりのブランドよりも、ネット社会で情報が可視化し共有される現代では、例えそのブランドの歴史がなくとも、質が良ければ選ばれるんです。

埼玉県は、ブランドはなくても「実」はあります。

それを理解しているし、その恩恵を受けているから、ディスられてもおもしろければ笑えるんです。

だから『翔んで埼玉』はヒットしたんです。

翔んで埼玉は今だからヒットした

『翔んで埼玉』が発売されたのは1980年代ですが、当時は今ほど反響がなく、2015年にそれが復刻されるや否や60万部近く売れてることが全てを物語っています。

内容は全く同じなのに、時代を変えて再リリースしたらバカ受けした。映画にしたら大ヒットしちゃった。

ロスト世代以降の埼玉県民2.0が作ってきた感覚に、ピッタリはまったからです。

ダサイタマと共存してきた世代が、『翔んで埼玉』のヒットを生み出した。

あの異例のヒットが、埼玉県民の意識の変遷を、最良の形で証明したんです。

埼玉県の課題

ただし、この埼玉県のディスられ芸は、この映画で上り詰めてしまったように思います。

もう天井。打ち止めです。

もちろん、このヒットの余熱で、もう少しディスりコンテンツも出てくるでしょうが、『翔んで埼玉』クラスの社会現象が巻き起こることはそうないでしょう。

ここまで話題に上ったからには、必ず下がるわけで。

ここからは、今後の埼玉県に求められることをお話しします。

(次号に続く)

※より深い考察は著書に全てまとめています。

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