今年の2月に県の依頼で講演をやったんだけど、

この日は地域の取り組みに関する内容で、参加者の平均年齢がこれまでやってきた中で確実に一番高そうで、「終わった」と思った。

過去最高平均年齢の参加者たち

60代とか70代に俺が何話しても受けないでしょこれ、って。

その頃ちょうど朝日新聞のなんかの取材を受けてた頃で「またなんかやるとき連絡ください」って言われてたから、

カッコつけてその講演に記者呼んじゃったんだよね。

今日は絶対ダメなやつだ、記者も呼ばなきゃよかった、でももうやるしかねえ、やるだけやってとっとと逃げよう、というわけで1部2部と、合計1時間半くらいやって。

で、終わって逃げるように飛び出たんだけど、傘忘れちゃって、戻ろうとしたんだけど、今すぐ戻ると来場者に見つかると思って喫煙所で二服くらいして、もう帰ったかな、くらいを見計らって戻ったら、ちょうど下のロビーで帰りの来場者と鉢合わせしてしまって。

うわあーやってもうたーと思ったら

「先生!」って60、70代のみなさんが一斉に寄ってきて。

「今私たちはこういうことやってるんだけど、これはどうすれば」みたいな感じで、そこからはずっと入り口のところで質問攻めに合い。

宮代町からの依頼

後日、県から参加者らのアンケート結果が来てて、見たら反応よかったみたいで。そのとき名刺を求められた人からは、電話もかかってきて、そこでまた相談されて。

ああ、受けてたのか良かったーと安心してたら、その日いた宮代町の人たちから講演依頼が来て。

それを7月30日にやってきました。

前回は青島健太さん

宮代町役場のかたと、宮代町社協さんがやっている「緑ジョイ宮代町」っていうイベントで、前回は青島健太さんだったって。

「縁じょい」フェスティバル2018を開催しました

本にも書いたけど、宮代町は母方の実家につき、元旦は行くのが恒例で。

それくらい、とてもゆかりのあるところ。

このイベントは、地域で活動をしているいろんな団体が来て、人手不足につき来場者に「ぜひ私たちと一緒にやりましょう」という告知案内をする交流の場で、最初は講師が約40分、そのあとの交流が円滑になるような話をして。

恋のから騒ぎ形式

後半は、地域団体の人が出てきてプレゼンタイムって感じなんだけど、普通にやっても眠たいから、宮代町あるあるを作るような共通の質問を事前に各団体にして、おもしろそうな回答をピックアップしていじっていくという、明石家さんまさんの「恋のから騒ぎ」フォーマットでやった。

手書きで書いてもらった回答をそのまま投影していく。

高齢者と一括りにはできない

これはどんなことでも言えるんだけど、やっぱりイメージというか正直偏見はある。人は年取ると頭が固くなるとか。それは40歳手前の自分で鑑みても、高校生の頃とはすでに違うんだから、当然といえば当然で。

でも、まるで伝わらないなんてことは、思ってたよりは全然ないと感じていて。

だから今執筆中の、地域活性化の概念を変える「地域のバカ」も、高齢者向けに、という意識はしなくてもいいんだなと思った。自分の言葉でいいんだなと。

この緑ジョイ宮代町も、60、70代の方がほとんどだったから。

もちろん、ある程度の傾向はあると思う。高齢者になるとこうなりがち、とか。

でもやっぱり、自分が話すことに、聞く人がどういう反応を示すかはやってみないとわからないわけで。結局、どんな現場だろうと一生懸命やる意外の選択肢はないってことです。

次は藤原和博さん?

僕はいつも講演のときに、藤原和博さんが実践している、「バカなことから言う」ブレストを紹介しているんだけど、これ、カヤックの柳澤さんも昔言ってて。

僕が勉強させてもらってるビジネスキーパーソンたちのブレストのやり方は、みんな言い方は少し違えど言ってることはかなり共通してるので、それを自分なりに要約するんだけど。

この本とか本当にオススメ!

で、毎回僕が藤原さんの話をするから、宮代町の人たち、藤原和博さんの講演に行ってきたんだって。すごいよね。で、次回呼ぶかもって。普通に俺も見に行きたいんだけど。

藤原和博さんは、今日本で一番おもしろい講演する人だと思う。

僕は同級生に高校教師がいるので、よく藤原さんの話なんかもしてるんだけど。

(藤原和博さんは、東京都初の中学校の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長。現在は教育改革実践家。教育界に限らず、ビジネス界においても絶対に知っておくべき人!)

そんな人を本気で呼ぼうとするあたり、本気で町をどうにかしようとしていると感じる。見た目はそりゃ公務員だからキチッとしてるけど、中身はその辺の若い人たちよりもよっぽど熱い。


自分の向かって右が宮代町町長さん
と、地域団体のみなさん

自分が小さいときから行っていた町の役人さんが、こういう人たちでいてくれて本当に良かったと思いましたね。だって、町のためにそこまで真剣に動いてくれる人たちがあれだけいるんんだから。

そして、そんな人たちが呼んでくれたっていうのが、とても光栄でした。

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